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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)5586号 判決

原告 株式会社大井

被告 株式会社明治屋

主文

一、被告は原告に対し金五三八、八七〇円およびこれに対する昭和三八年一一月一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は、原告が金一五〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言

二、被告

請求棄却、訴訟費用原告負担の判決

第二、請求の原因

一、昭和三七年九月二〇日午後三時二〇分頃、岡山市十日市町三二〇番地先路上において、原告会社(当時の商号は大井証券株式会社であつた)岡山支店の従業員であつた訴外高原光広は、原告会社所有の自動二輪車を運転して走行中、後方より進行して来た被告会社岡山支店が自己のため運行の用に供していた貨物自動車(岡四す、九五九五号、運転者保田芙味男)と接触し、転倒して、脳出血、右側頭部亀裂骨折、右顔面挫創により同月二二日死亡した。

二、右事故は、訴外保田芙味男の運転上の過失に基因するものである。即ち、同訴外人は、前方に同一方向(南より北)へ進行している被害者(訴外高原)運転の自動二輪車を認めながら、時速約三五ないし三六キロメートルの高速度で且つ車体すれすれの個所を追い越したため、訴外高原の運転の安定を失わせて、転倒させるに至つたものである。しかして、訴外保田芙味男は被告会社の被用者で、被告会社の業務執行中に本件事故を惹起させたものである。

三、訴外高原が業務上死亡したことに対し、原告は、昭和三七年一〇月三一日、同人の遺族(妻寿満子、長女政子、二男則久)に対し労働基準法第七九条所定の遺族補償として金五〇八、三七〇円、同人の妻寿満子に対し同法第八〇条所定の葬祭料として金三〇、五〇〇円を各支払つた。

四、被告は、訴外亡高原の死亡による損害に関し、自賠法第三条により、さもなくば民法第七一五条により賠償責任を負担するので、原告は、前記のとおり労働基準法に基き補償義務を履行したので、民法第四二二条を類推して、訴外亡高原の遺族らに代位し、支払つた補償金合計金五三八、八七〇円およびこれに対する昭和三八年一一月一日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の答弁および抗弁

一、1請求原因第一、第二項中、原告主張の日時場所において、原告会社の従業員であつた訴外高原光広が自動二輪車を運転中、転倒して傷害を負い死亡したこと、訴外保田芙味男が被告会社の従業員で、被告会社が自己のため運行の用に供していた貨物自動車を運転していたことは認めるが、訴外高原の傷害の部位程度は不知、その余の事実を否認する。訴外保田運転の自動車が訴外高原運転の自動二輪車に接触したことはなく又訴外保田に原告主張のような過失はなかつた。

2同第三項の事実は不知

二、仮に被告に損害賠償義務があるとしても、本訴提起の時は事故発生日(不法行為時)から三年を経過しているから、被告の責任は時効によつて消滅しており、被告は右時効を援用する。

第四、原告の右抗弁に対する答弁および再抗弁

一、本訴提起の日が被告主張の日から三年経過していることは認めるが、時効が完成したとの点を争う。民法第四二二条の類推に基く賠償者の代位による請求権の時効期間は、賠償者が履行をなした日より起算して一〇年である。

二、仮に時効期間が三年であるとしても、時効は中断されている。即ち、原告は昭和三八年九月二三日付で翌日被告に到達した書面で被告に対し賠償金の支払を求めて催告したところ、被告より同年一〇月一二日付書面をもつて「保田芙味男の刑事責任の最終的結論を待つて善処したい」との回答をえた。これにより原告の前記請求(催告)の効力は訴外保田の刑事責任の最終的結論が出るまで存続することとなる。もしそうでなければ、原告は被告の善処ないし誠意を信頼してはいけないこととなり条理に反する。しかして、昭和四二年一月二七日、岡山地方裁判所において、訴外保田に対し同人の全面的過失を肯定した第一審の有罪判決が言渡され、又昭和四三年一一月二一日、右の第二審である広島高等裁判所岡山支部で同人の過失を認める有罪判決があり、同人は一旦上告したが間もなく上告取下げをなしたので、右判決が確定した。従つて、訴外保田に対する刑事事件の最終的結論のあつた日は少くとも第一審の有罪判決がなされた昭和四二年一月二七日であるから、その時から時効が進行するものというべきである。よつて被告の抗弁は理由がない。

第五、被告の右抗弁に対する答弁

原告主張の各書面によつて、催告と回答がなされたこと、回答書には原告主張どおりの記載がなされていること、訴外保田が原告主張どおり有罪判決を受けその判決が確定したことを認める。しかしながら、右回答は原告より二週間以内に支払えとの請求に対し、これを拒絶する意思を表示したもので、「善処」なる文言は交渉文書に通例用いられる用語であつて、法律上時効期間やその中断事由に消長をきたすような内容を含むものではない。

第六、証拠関係〈省略〉

理由

第一、被告会社の責任

一、原告主張の日時場所において、訴外高原光広が自動二輪車を運転して走行中転倒して死亡するに至つたこと、右日時場所を被告会社が自己のため運行の用に供していた貨物自動車(運転者訴外保田芙味男)が通過したことは当事者間に争いがない。

二、そこで、右貨物自動車の運行と訴外高原の死亡との因果関係について考えてみるに、成立に争いのない乙第二、第三の一、二、第七号証、同甲第一号証を綜合すると、訴外保田芙味男は右貨物自動車を運転して前記日時場所を南方より北方に向け時速三五ないし三六キロメートルの速度で走行中、道路中心線を超えて対向してくる大型貨物自動車を避けるべくハンドルを左に切つて進行し、左斜め前方約七メートルの地点を先行する訴外高原の運転する自動二輪車に接近してその車体の右側すれすれの至近個所を通過したため、訴外高原の運転の安定を失わせて自動二輪車をその場に転倒させ、よつて同人をしてコンクリート舗装の道路に頭部を強打させて、右側頭部亀裂骨折、脳出血等により死亡させるに至つた事実が認められ、乙第五の三、第六、第八の二、第九ないし第一二号証によるも未だ右認定を妨げるに至らず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

三、被告は、訴外保田が右事故発生につき無過失であると主張するので考えてみるに、前掲乙第三号証の一、二によれば、現場は巾員九、四メートルではあるが左右に各一、二メートル巾の非舗装部分があつて、中央部分の舗装道路の巾員は七メートルでその中央部分に中心線が引かれてあり、訴外高原は右舗装部分の左(西)端から約〇、五メートルの付近を、訴外保田は同じく約一、四五メートルの付近を同一方向に進行していたこと、右保田運転の貨物自動車の車体の巾が一、六九メートルであつたことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。そして前記二認定のとおり、訴外保田は、折柄道路中心線を超えて対向してくる大型貨物自動車とすれちがう一方、左斜め前方約七メートルの地点にある自動二輪車を認め、これを追越そうとしたのであるから、かかる道路の巾員、自車、先行車、対向車輛の進行状況のもとにおいては、先行車との接触或は接触しないまでも側方至近を通過することによる先行二輪車運転者に与える物理的、心理的影響により同人の運転の安定を失わせ転倒させるなどの危険を招来する虞れがあるから、自動車運転者としては、減速徐行して追越しを見合せ、対向車輛とすれちがつた後、十分安全な間隔を保つて追越しをなすなりして、危険の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、対向車輛にのみ気を奪われてハンドルを左に切つたまま慢然と時速三五ないし三六キロメートルの速度で追越そうとしたため、自動二輪車の側方至近すれすれの個所を通過して訴外高原の運転の安定を失わせ転倒させるに至つたものである事実が認められ、乙第五の三、第六、第八の二、第九ないし第一二号証によるも未だ右認定を妨げるに至らず他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

四、以上によれば、被告は、加害車の運行供用者であり、加害車運転者が前記のとおり事故に関し無過失とは認められない以上、自賠法第三条によって、訴外高原光広の死亡による損害につき賠償する責任があるといわざるを得ない。なお、本件全証拠によるも訴外高原に特段の過失があり過失相殺しなければならないと認めるに足る証拠はない。

第二、原告の代位

一、訴外高原光広が原告会社岡山支店の従業員であつた事実は当事者間に争いがなく、証人水島修の証言およびこれにより真正に成立したものと認めるに足る甲第二、第七号証、成立に争いのない甲第三号証、同乙第四号証によれば、訴外高原は原告会社の集金業務に従事中前記交通事故に遇つて死亡したため、使用者である原告は、昭和三七年一〇月三一日、労基法第七九条に基き同人の遺族に対し平均賃金である五〇八円三七銭の一〇〇日分である金五〇八、三七〇円を、同法第八〇条に基き同人の妻に対し葬祭料として右平均賃金の六〇日分内である金三〇、五〇〇円合計金五三八、八七〇円を支払つた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二、しかして、労働者の死亡について第三者が不法行為による損害賠償責任(自賠法第三条による責任を含む)を負担する場合には、労基法に基き補償義務を履行した使用者は、民法第四二二条の類推によりその履行した時期および程度で遺族に代位して第三者に対し賠償請求権を取得すると解するを相当とする(最高裁昭和三六年一月二四日判決、民集一五巻一号三五頁参照)ので、原告は被告に対し金五三八、八七〇円の賠償請求権を取得したものと認められる。

第三、時効について。

一、本訴提起の日(昭和四一年一〇月二〇日であることは記録上明らかである)が本件交通事故発生の日から三年を経過している事実は当事者間に争いがない。そこで、原告は民法第四二二条類推による代位賠償請求権の時効期間は賠償者が履行をなした日から起算して一〇年であると主張するので考えてみるに、同条の代位は債権の目的である物または権利が法律上当然に債権者から賠償者に移転する効果を生ずるもので、本件の如く交通事故による第三者の不法行為を原因とする損害賠償の場合についてこれをみれば、債権者(被害者、その遺族など)の第三者(加害者、保有者など)に対して有する損害賠償請求権が賠償者の履行の時期および範囲内で当然に賠償者に移転する、即ち履行の時点における権利関係がそのまま承継されるものと解すべきであるから、従つて、賠償者の第三者に対する賠償請求権には、民法第七二四条(自賠法第四条)が適用されると共に、その時効期間は被害者(債権者)が損害および加害者を知つた時(原告において右起算日が本件事故発生日と同一である点につき明らかに争つていない)から起算して三年であると考えるを相当とする。よつて、原告の右主張は採用しない。

二、進んで、原告主張の時効の中断の点について判断する。

1  原告主張の各書面によつて、原告被告間で催告と回答がなされたこと、被告からの回答書に原告主張どおりの記載がなされていること、原告主張の日に訴外保田に対する第一審、第二審判決がなされ、右第二審判決が確定したこと、はいずれも当事者間に争いがない。

2  原告において右催告後民法第一五三条所定の手続を履んだとの主張も立証もないので、右催告の効力について考えてみる。そこで、右催告に対する被告の回答の意味について検討するに、被告からの回答書(成立に争いのない甲第五号証)には、右当事者間に争いのない記載部分を含めて、「……現在検察庁で刑事事件として事故の原因や責任の所在について取調べ中であり、未だ訴外保田の一方的過失に基く事故か否か断定しがたい。いずれ遠からずその責任の有無等も明らかになるから被告としてはその最終的結論を待つて善処したい。従つて今直ちに原告の申出に応ずることはできない……」旨の記載がなされ、右書面は弁護士である被告会社代理人(本件被告訴訟代理人)が作成し、内容証明郵便をもつて、同じく弁護士である原告会社代理人(本件原告訴訟代理人)に宛てて発せられたものであることが、その記載自体に照して明らかである。

3  そこで、右甲第五号証によれば、被告の右回答は、被告が、これにより、損害賠償債務の承認をなしたものとは認め難いけれども、債務の存否或はその範囲につき刑事事件の捜査、裁判の結果を待つて解決するとして結果の判明するまで確定的な回答を留保し、刑事事件の最終的結論が出されるまでその回答につき期間の猶予を求めた趣旨であると解される。被告は、右回答によつて債務の存在を否定し請求を拒絶する意思を通知した、と主張するが、前記文言自体に照してこれを採用することはできない。

4  ところで、このような場合、原告が被告に対してなした催告は、刑事事件の最終的結論が出されるまで或はその以前に被告より何らかの確定的な回答ないし措置があるまで、その効力を持続するものとみるべきである(参照大審院昭和三年六月二八日民集七巻八号五一九頁、東京高裁昭和四一年五月二七日判例時報四五二号三八頁)。けだし、民法第一五三条の六ケ月の期間は、通常は催告が相手方に到達した日から起算されるのが当然ではあるが、催告者において、同条所定の強力な中断手続をとるかどうかを決定しえないような特別の事情が存する場合にはその事情が止んで中断手続をとるべきことが判明した時から起算される(川島、法律学全集民法総則四九〇頁参照)、と解されるところ、本件の如く催告を受けた者において、催告にかかる債務の存在を認めるのでもなく又否定するのでもなく、刑事事件の帰すうによつて確定的な態度を決定するとの意思を表明している場合には、催告者において同条所定の中断手続をとるか否か決しえない特別の事情が存するものと認めて差し支えなく、催告の効力が刑事事件の最終的結論のあるまで或は催告を受けた者からの確定的な意思の表明あるまで存続すると考えられるからである。とりわけ交通事故の当事者間において、刑事事件の結果およびその内容次第で債権債務関係を律しようとする考え方のあることは日常多々経験するところであるから、当事者間でかかる意向が明確にされている場合には、時効が進行しないものと解しても決して不当ではなく、むしろそのように解することの方が交通事故当事者間の意思にも合致し且つ時効制度の目的にも適うものと思われる。しかして、「最終的結論」とは、刑事事件の確定判決を意味するものと解される(原告は右最終的結論とは第一審判決を指すと主張するが、通常の用語例および当事者間の意思解釈からして前記のとおり確定判決を指すものと考える)ので、そうならば、前記催告の効力は訴外保田に対する本件事故に関する刑事事件の判決が確定するまで(或はそれ以前に被告より本件事故に関する債務につき何らかの回答がなされるまで)、その効力を持続するものと考えられる。

5  昭和四三年一一月二一日、広島高等裁判所岡山支部で訴外保田に対し本件事故につきその過失を認める有罪判決がなされ、その後まもなく右判決が確定したことは当事者間に争いがなく、原告の本訴提起の日が前記の如く昭和四一年一〇月二〇日であることは記録上明らかであり、なお被告において、本訴提起前に催告にかかる債務の存否に関し確定的な回答ないし措置を採つたものと認めるに足る証拠がない以上、本訴は催告の効力の存続中に提起されたものと認められ、従つてこれによつて時効は中断されたものと認めるを相当とする。

三、以上によれば、被告は原告に対し、原告が訴外高原の遺族らに対し労基法第七九条、第八〇条により支払つた金五三八、八七〇円およびこれに対する右支払つた日の後である昭和三八年一一月一日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務あること明らかであるから、原告の本訴請求を正当として全部認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉崎直弥)

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